天神雅樹という男
- 2025年12月23日
- 読了時間: 21分
彼を言葉で表すのなら傍若無人、横行覇道だろう。
要は力で無理を押し通し、人の目を気にせず自分勝手な行動をする男。
口も手癖も悪く、彼に喧嘩を仕掛ければ容赦なく刀で切られる。そんなやつだ。
あくまで、傍から見ればの話だが……
彼をある程度知るものからはこんな言葉が出てくる。
「口は悪いが、優しいやつだ。わざとああ見せて人を遠ざけているのだから勿体ない」と。
果たして、彼のホントの姿はどちらなのか……
それを知る人間は誰一人として居なくなってしまったのだから、それを知る術はない。
いや、無いと言ったら嘘にはなるが……
それこそ妖や妖怪といった魑魅魍魎の類に聞くしか今のところ手段がないのだ。
なんせ彼は人間よりも妖や妖怪のような
“この世ならざる者”と仲がいい。
それもそのはずだ。
なんせ彼は【祓い屋】という、いわゆる怪異現象の解決を専門とする職に就いているのだから……
とある怪異で被害が出ていると報告があり、規模も大きい事から実力のある天神雅樹と私でチームを組んで調査、解決をしろと上から命令が来たのはつい先日のこと。
天神雅樹は祓い屋界隈ではある意味有名で、いい噂というものは無いに等しい。
つい最近も『向こうの世界とこっちの世界』を繋げたとか、なんか重要なデータを改ざんしたとかそんな話が回ってきた程だ。
世界を繋げることは大罪であり、繋げる場合は緊急性のあるもの、それも政府の申請が必要だ。そう易々とできるものでは無いため、信憑性というものは無いに等しいのだが……なぜか彼の噂はそういう突拍子も無いものがよく回ってくる。
そんな人間とこの界隈に入って間もない私に事件の解決などできるのだろうか……
不安でしかない。
だが、祓い屋達を纏める上からの命令だ。
仕方ない……腹を括るとしよう……
そう思い、意を決して出向いた待ち合わせ場所にて
待てど待てども彼は来ず、1時間ほど待ってやっと彼は来た。
「……天神さん、遅刻ですよ」
これが私にできる精一杯の抵抗だった。
なんせここに来た時の彼は凄い機嫌が悪そうで、目線で人を殺せそうなほど目付きが悪く恐怖でしかなかった。
「……わりぃ」
ぶっきらぼうにそう言う彼に少し拍子抜けしつつも、自己紹介をしようと口を開くと彼はそれを遮るように話し出した。
「自己紹介とかめんどい。資料も確認しとるやろ。さっさと現場に行くぞ」
そう言い歩き出した彼に空いた口が塞がらなかった。
遠くなる彼を見て急いで後を追う。
遅刻してきたくせに……何だこの態度……
彼への不満が次々に湧いてくるのを頭を振って霧散させる。チームとして任務に向かう以上、彼との連携は必須なのだから……
……幸先が不安だ。
無言のまま歩いて行く彼について行くも、やはり無言というものは気まずいもので……少しでもチームワークを良くするためと、何とか話題を持ち出した。
「天神さん、なんで遅刻したんですか?」
彼はこちらに目線を向けたかと思うと、直ぐに前に目線を戻した。
「……寝坊した。それだけだ」
「寝坊、ですか?」
「……起こす奴がおらんくなったけんが、起きれんかっただけ」
思った以上に話してくれたな……
誰かと一緒に住んでいたのだろうか?居なくなったと言うことは家に泊まっていただけかもしれないが……この人にそんなに親しい人がいた事に驚きだ。
是非とも深く聞きたいが、これ以上聞くと腰にある刀で殺されそうな気がしたため、それ以上は追及できなかった。
しばらく歩いていると、最初の被害があったとされる地区にたどり着いた。
その場所は都市から離れた場所ではあるが至って普通の街中だ。
唯一違う点があるとするなら、妖の類が少しだけ多いくらいだろうか。
ただこれも田舎に近づけば近づくほどよくある光景ではある。
「いたって普通ですね」
「……普通、な」
彼は空を見上げ、ため息を着くと面倒くさそうに頭を搔く。
「おまえ、こういう調査は何回目?」
「え、あ……片手で数えるくらい、ですかね……」
「……自分の身は自分で守れよ」
「は、はい」
ハナから彼に守ってもらおうとは思っていない。寧ろ、彼なら容赦なく切り捨てるだろうから迷惑にならないようにしなければ……
「おまえはこの辺の被害調査と怪異の痕跡探しとけ」
「天神さんは何を?」
恐る恐る聞いてみると彼はまたも溜息をつき、視線を私に向けた。
「聞いてどうすっと?」
その声は何処か、トゲがあるようでこれ以上踏み込むと危うい感じがした。
「いえ……少し気になって……」
「……ふーん」
それだけ言うと彼はそのまま歩き出してしまった。
……彼の噂は本当なのかもしれない。
この世界において、妖怪や幽霊なんかは当たり前にいるし怪異も珍しいことでもなんでもない。なんだったら、並行世界なんてのも当然のものとして扱われる。
そして今回、この地区で起きているものは所謂神隠しと呼ばれるもの。
神隠しとは一般的に、忽然と姿を消して何日経っても帰ってこないというものだが……
それもそのはず。神隠しというものは並行世界に迷い込む、妖怪や幽霊の世界に迷い込む……つまりは別世界に迷い込んで帰って来れなくなっているものだ。
こういうものを専門にしている私達では一般常識であり、原因特定が最も重要になる怪異の一つだ。
妖怪や幽霊のイタズラで帰って来れないとなれば、その原因を叩けばいいけど……
これが向こうの世界に迷い込んでいるとなれば話が変わってくる。
政府を巻き込んだ事案になってくるために手続きや説明やらでとても面倒なのだが……
今回はそんな事は無さそうだ。
消えた人の情報を元に、その人の友人や友好的な妖怪、幽霊に話を聞けばとある妖怪の名が出てくる。
おそらくその妖怪の仕業なのだろう。
思ったより早く片付きそうで安心した。
あとはその妖怪の元に行くだけなんだけども…天神さんは、どこにいるのだろうか……
そう言えば連絡先の交換してないと今になって気付く。
「……ど、どうしよう」
天神さんは街外れに向かったから……とりあえずそっちに向かって歩いてみよう。
そうして歩き出したはいいが……段々と街並みから外れていき、木や雑草が多くなっていく。
どうしよう、このまま進むべきか……
そう思った時だ。
ガサガサと草を分けるような音がしてそちらに振り向くと、私よりもふた周りくらい大きな狐がそこにいた。
禍々しい気配を纏っていて、悪霊とかしたものなのだろう。
そうなると祓う必要があるのだが、今の私にできるのどろうか……
どうしよう……こんなに大きなものは初めてだ……
こちらの様子を伺うようにジリジリと迫ってくるそれに、ポケットに入れていた札を掴み何時でもやれる様に構える。
どの道、襲われた時点で終わりだ……
だったら、先手必勝!!
そのまま札を投げるもあっさりと爪で破かれる。
あぁ、やっぱり力が足りない……こんなことならもっと修行しておくべきだった……
私の攻撃に怒ったようでそのまま飛びかかって来る狐を見て終わったと思った。
その瞬間
「お前、何やっとーと」
その声とともに、陽の光に照らされたとても綺麗な刀身に絡みつくように赤い、紅とも言えるような炎が目に入る。
その炎はとても綺麗で思わず見とれる程だった……
「ギャアア」
雄叫びでハッとしてそちらに目を向けると、狐は炎に包まれ苦しそうに暴れたかと思うとそのまま霧散して消えていった。
「……お前、死にてぇのか」
刀を納めつつ、こちらを見る眼光はとても鋭くて……怒りが勝っていると、見て取れるものだった。
「す、すみません……」
「……てめぇに死なれると俺が困るんだよ。俺を潰したい連中が嬉々として監督責任だの、問題行動だのこじつけて潰しにきやがるからな」
……この人、思った以上に上に嫌われているらしい。いったい何をしたらこうなるのだろう。
「っで、なんでここにおると」
「あ、えっと……情報が集まったので共有に……」
「発端になった妖怪か?あいつなら全員解放済みだとよ」
「え?!もう会ったんですか?!」
この人が情報を集めていたようには見えない。なのにもう件の妖怪と会っていたなんて……
「この辺は前に来たことがあるけんが、どんな奴がおるかは把握しとー。毎回聞くのもめんどい」
「な、なるほど?……でもその妖怪は解放したんですよね?報告書には誰も戻ってないと……」
「……ふーん?……お前はちゃんと見るんだな」
「逆に見ない人いるんですか?」
「あぁ、ごまんといる……上の連中は特にな」
そう言いながらも興味なさそうに空を見上げた。
「……解放済みだとすると、何が原因なんでしょう?」
答えが返ってくるとは思わないが、私ではもうお手上げのため、そう聞いてみる。
「……この区域にとある噂があるそれが原因だろ」
「噂、ですか?」
「あぁ……すげぇ古い噂で、今はもう知ってる方が稀だ」
彼が言うには、街外れにある神社に行くと神隠しにあうという噂で、この神社にひとりでいくと神隠しにあうから行ってはならない。というのが遠い昔に囁かれていた噂なんだとか。
「昔は神の祟りとか言って毎年祈祷やらなんやらしとったらしいけど、今はもう廃れて覚えとーのは片手で数えるくらいだとよ」
「そんな古い情報どうやって……」
「あ?そりゃここに住み着いてる妖怪に決まっとるやんけ。妖怪はほぼ不老不死、聞くなら最適だろ」
「な、なるほど……?」
祓い屋の中には妖怪を真底嫌っている人達の方が多くて、彼のようにフレンドリーというか……妖怪に話を聞きまくる人は稀である。
私はと言えば、本当に害のなさそうな人に馴染んでる妖怪にしか話しかけていないほどだ。
「……それで、その神社というのはどこに」
「この変にあるって話だが……」
その時だ
『マサキ、マサキ』
そんな声と共にガサガサと音をたたてて何かが近づいてきたため、身構えると草むらから出てきたのは小さな子供で……ただよく見ると頭に角のようなものが生えている。
「妖?!」
札を構えるも天神さんは視線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「お前……ようここまで来れたな」
『マサキ、神社探してる聞いた!俺知ってる!』
「マジ?案内頼めるか?」
『任せて!……そっちのお姉ちゃんは?』
そう言いこっちを見る鬼に思わずたじろぐと、天神さんは鬼の頭を撫でて立ち上がった。
「俺のツレだ。気にすんな」
『ん?わかった!神社はこっちだよ!』
そういい歩き出した鬼について行くように天神さんは歩き出した。
その光景に呆然としていると「置いてくぞ」なんて声をかけられてハッとなり、急いで追いかけた。
妖怪とあんなに親しげに話す人は初めて見た気がする……
この業界、妖怪を嫌う人が大多数だ。
妖怪のせいで大事な人を亡くして復讐のためになんて人も少なくは無い。
あぁいう性格だから彼もそうなのかと思ったけど、先程の彼はどこか優しげで……
なんだったら人よりも優しく接していたようにも思う。
知れば知るほど、不思議な人だ。
『ついたよ!』
鬼がそういい指を指す先を見ると、そこには小さな祠とボロボロの鳥居があった。
周りの空気は異質で、これ以上踏み入れると危ない感じがする。
「間違いねぇな……繋がってる先は……別世界か、めんどいな……」
「見ただけでわかるんですか?」
「……まぁな……それにこことは違う気配がする」
気配、とは?
そう問いそうになったが黙っておいた。
「小鬼、あんがとな」
『この間のお礼だよ!……マサキ、ボクも行きたい!マサキの力になりたい!』
「ダメだ。ただでさえお前んとこのボスは俺たち人間を嫌ってる……
お前に怪我なんてさせたら戦争レベルの災害が起こるからな」
天神さんがそう言うと、小鬼はむすっとした顔でそっぽを向いた。
『ボスは頭が固いんだ……もう何百年も前のこと気にして……』
「上の連中なんてそういうもんだ」
『むー』
「ほら、もう行け」
『はーい』
不服そうに返事をすると『またね』と言い手を振って消えていった
「……次が来る保証なんて、ねぇけどな」
そういう天神さんの顔は少し悲しそうに見えた。
祓い屋なんてやっていると、人が死ぬなんてことは当たり前で自分もいつ死ぬかが分からない。なんせ、呪いなんて不確かなものを相手にしてそれにかかれば解除……解呪をしなければあとは死あるのみなのだから……
なんて思いつつ、天神さんに1歩近づこうと足を踏み出した。
その瞬間、地面に怪しい光が広がり辺り一面を多い尽くし、思わず目を閉じる。
しばらくして目を刺すような光が消えたため、ゆっくりと目を開く。
するとそこは辺り一面白い霧のようなものに覆われて、視界が悪い。ただ遠くに人影のようなものがゆらゆらと動いているのが見えるくらいだ。
天神さんが言っていたようにここが本当に別世界だと言うのなら、あの人影はもしかして迷い込んだ人だろうか?
なら早く助けないと……
そう思い1歩踏み出した。その時だ
「動くな」
その声にと共に肩に手を置かれ、ビクリと肩が跳ねる。
「動くな……無闇に動けば呑まれるぞ」
振り向けば天神さんが、神妙な面持ちで遠くを見つめていた。
「……天神さん」
「めんどくせぇことに、神隠しされたみたいだ」
「……そう、ですね」
「こっから先はどうなるか分からねぇし、命の保証もねぇ……全部自己責任だ」
その言葉に思わず生唾を飲んだ。
ここはもう異世界であり、何が起こるかわからない。最悪の場合、ここから抜け出せず一生をさまようかもしれないということで……
そう考えると急に実感が湧いてきて、手が震え出す。
まさか、こんなことになるなんて……
「……行方不明者、探すぞ」
「そ、そんな……探すと言ってもどこに行けば……」
「あっちに人影が見えたけんが、あっちに行けば何かあるやろ」
そう言うと私の肩に乗せていた手をどけて、数歩私の前に出るとピタリと動きを止めた。
「おまえ、結界作るの得意だったな」
「え、は、はい!結界は得意です」
私の返事を聞くと、彼は振り返りまっすぐと私の目を見つめてきた。
彼と行動を共にして半日ほど経つが、こうして彼と目が合うのは初めてかもしれない。
「結界張ってここに残れ」
「え……」
「……経験も浅い人間を連れてく方がリスクが高い。足でまといだ」
そう言う天神さんは鋭い目で私を見つめていた。
言葉が出なくなるほど、怖い……
でも、それでも私は祓い屋なのだ。
ここでたちすくむだけなんて、祓い屋としてのプライドが許さない。
「一緒に行きます!!行かせてください!!」
そう言うと天神さんは眉間に皺を寄せ、低い声で静かに呟いた。
「死にてぇのか」
地を這うようなその声にビクリと肩が震える。
それでもギュッと手を握りしめ、彼の目を真っ直ぐと見つめ返す。
「……死ぬのは、覚悟しています……私がいる世界はそういう所ですから」
そう言うと彼はため息をついた
「………こんなクソみたいな職業死ぬ時はあっさり死ぬ。なんなら、攻撃をされたかも分からねぇうちにあの世行きだ」
「……」
「………死ぬ覚悟なんて要らねぇ。いるのは生きる覚悟だ」
「生きる、覚悟?」
すると天神さんはどこか遠くを見ながら、呟いた。
「仲がいい同僚が目の前で死のうが、何が起きようが生き続けるろ……
たとえ自分一人が生き残ったとしても、死んだ人間の分まで生きる覚悟がこの世界には必要だ。
新人のやつはだいたい死ぬ覚悟しかもってねぇ……
だが、1番辛いのは目の前で誰かが死んだ時だ」
まるで、自身が体験したかのような物言いで……
天神さんは、ひどく静かな声音で言葉を続けた。
「死ぬ覚悟なんざ簡単に持てる……だが、生き残る覚悟は違ぇ。
死んだ仲間が夢に毎日のように出てくる……“なんでお前だけ無事なんだ”ってな」
その横顔はどこか影を引きずっていて、霧の白さが輪郭を一層ぼやかしていた。
彼がこれほどまでに重い言葉を吐くとは思ってもみなかった……
ここに来るまでの彼には影のようなものは一切感じず、噂通りの傍若無人のような人だった。
それだと言うのに今の彼はまるで、何かを抱えてきた老人のようにも見える。
そう思っていると、天神さんはふっとこちらに目線を戻した。
「……それでも行くって言うなら、勝手にしろ」
乱暴な声音だが、先ほどよりわずかに刺が抜けているような……そんな気がした。
「は、はい……!」
震える声で答えると、彼はわずかに目を細めた。
霧の向こうの人影を見ると、無造作に歩き出す。
「……足元、気を付けろ。ここから先は“道”が勝手に形を変える」
言われて視線を落とすと、霧の中に黒い筋のようなものが伸びていた。
土とも石ともつかない“世界の継ぎ目”のような道。
一歩踏み出すたび、足裏に感じる地面の感触が微妙に違う。
硬さが変わり、温度が変わり、まるでこちらを試すように揺らいでいる。
「……これ、本当に道なんですか……?」
「道みてぇなもんだ。この世界のルールで作られた、な」
そう呟いた瞬間だった。
霧の奥で、こちらを見ていた人影が“ぐにゃり”と形を崩した。
まるで布の中に別の生き物が入って暴れ出したように、輪郭が歪む。
「っ……!」
咄嗟に身構えると、天神さんが前に出る。
「……来たな」
刀の柄に手を添えた彼の姿はただひたすら鋭く、危険で、そして殺気を帯びている。
だが、不思議と心強さがあった。
「お前は絶対に後ろから動くな。
アイツは“人の形をしたナニか”だ。迷い人じゃねぇ」
そう言った瞬間、人影が叫び声とも風の音ともつかない音を発して、こちらへ飛びかかってくる。
札を取り出そうとした自分よりも早く、天神さんが地面を蹴った。
炎が弾け、刀身にまとわりつく紅い火花が霧を裂き、闇を焼き、迫る影を真っ二つに断つ。
その瞬間、斬られた影は悲鳴もなく霧に溶け、地面に黒い染みだけを残して消えた。
「……今のは」
「この世界の“残滓”みてぇなもんだ。神隠しが長く続くほど増える……迷い込んだ奴の心や恐怖が形になったようなもんだからな」
淡々と言いながら刀を鞘に納める。
「……まだ時間はある。行くぞ」
そう言って歩き出した天神さんの背中は、さっきよりも遠く見えた。
私はその背中を追いかけながら、思わず拳を握りしめる。
知れば知るほど、訳のわからない人だ。
噂の通りでも、噂の通りでなくてもない。
むしろそのどれでもあり、どれでもない。
けれど一つだけ確かなのは
“彼はこの世界に誰よりも深く触れてしまった人間なのかもしれない”ということだ。
しばらく歩いていると突然、霧を切り裂くように、ひどく冷たい風が吹き抜けた。
それを受けてか、天神さんは足を止め
刀の柄に手を伸ばす。
「……ふっ、探す手間が省けたな」
そう言った瞬間、霧がざわりと揺れた。
まるで“生き物”みたいに、霧が波打ち、巻き込まれるように中央へ吸い込まれていく。
そして現れたのは――小さな祠の形をした“穴”。
ここに来る前に見た祠と同じ形をしているのに、中身は真っ黒で底が見えない。
「……戻り口、ですよね?」
「違ぇ。あれは“閉じる前の口”だ」
天神さんは低く呟いた。
「神隠しは“入り口”と“出口”がある。出口が閉じる前に人を見つけねぇと……全員、普通の霊よりタチの悪い“無名の化け物”になる」
淡々と告げる天神さんの言葉に、ぞくりと背筋が冷えた。
「……この先に、行方不明の人が?」
「あぁ。やけど――」
そう言って、彼は静かに刀を構える。
「……“出口の前”で待っとるのは、面倒な奴らだって……相場が決まっとる」
言葉が終わると同時に、霧の奥で“足音”がした。
ひとつ。
またひとつ。
乾いた、擦れるような音がいくつも響く。
霧の向こうからゆっくりと姿を現したのは――
人の形をした十数体の影。
だが、その顔には目がなく、口だけが“笑って”いた。
「ひっ……!」
思わず声が漏れる。
今までの任務であんな不気味なものは初めてだ。
「……全部、死にかけの迷い人の成れの果てだ。出口に辿りつけなかった奴らの末路だな」
天神さんは淡々と告げるが、その目は鋭い。
影たちは一斉に“笑い声”をあげた。
その音は声というより、壊れたラジオみたいに不快で、耳の奥に張り付く。
「下がれ」
天神さんはそう言うと、踏み込んだ。
一瞬で距離を詰め、炎を纏った刀で影を斬り伏せる。
紅い軌跡が霧の中に弧を描き、触れたものは煙のように散っていく。
「っ、めんどくせぇな!さすがに多すぎんだよ!」
次から次へと湧いてくる影。
そのたびに天神さんは斬り、燃やし、斬り捨てる。
だが数は一向に減る気配がない……
「なんで、こんなに……!」
「この異界は“残滓”を喰って育つ……長いこと放置されとったツケだ」
苦い声を漏らしながらも、彼の動きは一切鈍らない。
その時だ、一瞬彼の炎が揺らぎ威力が最初よりも落ちていく。
その隙をついてか影が天神さんを目掛け、飛びかかった。
「天神さん!」
彼は舌打ちをし、影から飛び退くと眉間に皺を寄せた。
「クソ……やっぱ、相手の領域内じゃ力が乱れる……長ぇこと持たねぇぞ……」
影たちが再びこちらへじりじりと迫る。
どうしよう……何か、何か打開策を……
そう思い、辺りを見回すと影たちの中心、祠の前に“ひとつだけ”影の濃い塊が立っているのが見えた。
他よりも背が高い。
他よりも明確に“人の形”をしている。
そして――胸のあたりが妙に沈んでいる。
「……あれ……誰かを抱えてませんか……?」
影の腕の中に、人影がひとつ揺れているのが見える。
「……行方不明者だろうな」
天神さんは刀を構え直し、息を吸った。
「ってことは、あいつがこの領域の主だろうな。あいつを潰せばどうにでもなる……こっちも長は持たねぇ……終わらせるぞ」
そう言い彼が飛び込もうとした瞬間――
“影の塊”がこちらへ顔を向けた。
その顔には、ただひとつだけ“目”があった。
巨大な、白い、空洞の目。
その目が天神さんを映し――
次の瞬間、空間そのものが歪んだ。
地面が沈み、重力が狂う。
足がすくみ、体が前に吸い寄せられる。
「っ、く……!」
彼ですら足を取られ、片膝をつく。
その瞬間、影が抱えていた“行方不明者”の腕がだらりと揺れた。
死んでいるかもしれない。
生きているなら、時間がない。
私は――
私は祓い屋だ。
経験が浅くても、未熟でも、ここで役に立てなきゃ来た意味がない。
私は震える手を握りしめ、天神さんの背中に向かって叫んだ。
「天神さん!!結界、張ります!!」
「っ、おまえ!今張っても結界事潰れたら、おまえに反動が……」
「大丈夫です!!結界なら、得意ですから!」
彼の怒鳴る声が聞こえたが、迷っている時間はない……私なら、やれる!
霧の渦の中で、祓い札を取り出し、地面へ叩きつけた。
「――禍を拒む、八重の縁!此処に境界を成す!!」
足元から光が広がり、重力の渦が弾かれるように歪んだ。
ここ一帯で身体にまとわりついていた圧が、すっと軽くなる。
それと同時に影たちが一斉にこちらを向いた。だが、この結界で周りにいた影たちはこちらに干渉できないはず……
「天神さん!」
彼に声をかけると、ゆっくりと立ち上がった。
刀を握る手が、再び強く締められる。
そして、私の方を振り返らず、ただ一言だけ呟いた。
「……無茶しやがって」
そう呟くと、影の塊へと駆けた。
「ぶった斬る!!」
紅の炎が霧を裂き、闇を断つ。
祠の前、“出口”の前で、世界がふたつに割れるような轟音が響いた。
天神さんが影の塊の“目”へ炎の刃を突き立てると狂ったように暴れながら塵になり消えていく。
影の塊が抱えていた行方不明者の元へ駆け寄ると、意識を失っているだけでほかは問題なさそうだ。
良かった、これでこの事件も解決……
なんて思ったその瞬間……
突然、空間が軋み霧が悲鳴をあげ、祠の穴はぐわりと大きく歪み始めた。
「え?な、なに?」
「っ、空間の主が居なくなったんだ。少ししたら出口が閉じるぞ!」
その声にハッとし、辺りを見回す。
天神さんと出口までの距離は遠い……
今は私の張った結界で時間を稼いでいるが、その結界もギシギシと軋み、裂け目が生じていく。
このままではこの空間ごと消えることになる。
「先にいけ」
ふっと、天神さんが口を開く
「で、ですがそれは!」
「どっちにしろもたねぇだろ。なら、お前たちだけでも行け」
そう言う眉間に皺を寄せ呟いた
「足手まといななる前に、はよ出ろや」
その言葉を聞いた瞬間、彼と会う前に聞いていた、噂が脳裏にチラついた。
『口は悪いが、優しいやつだ。わざとああ見せて人を遠ざけているのだから勿体ない』
あぁ、貴方は……本当は、誰よりも……
思わず、口角を上げ地面に両手を着く。
大丈夫、まだやれる。
彼を救い出す時間を作れればそれでいい。
「――結界、展開……最大出力ッ!!」
そういい、結界に力を込める。
自分の力量に見合わない“過負荷”の結界。
本来なら暴発して術者を吹き飛ばす危険すらある。
だが構っていられない。
足元から眩い光が噴き上がり、祠と天神さんの間に“新しい境界線”が走った。
霧の渦が押し返され、空間の歪みが一瞬だけ止まる。
この“一瞬”――それだけあればいい。
「っ、天神さん!こちらに!!」
「……はっ、無茶しやがって!」
そう言いつつもこちらに走ってくるのを横目に、私も行方不明者を抱え祠の出口へ向かい走り出す。
「飛び込め!」
彼の言葉を合図に、祠の“出口”へ全身で飛び込んだ。
崩れかけた世界がぐしゃりと音を立て、祠が完全に閉じる直前――
白い光が弾け、風が逆流し元の世界へ吹き飛ばされた。
「ッ、痛……」
思わずそう呟くと隣から大きなため息が聞こえてきた。
「……あたりめぇだ、馬鹿……あんな無茶な使い方しやがって……お前ごと壊れてたらどうするつもりだ」
「………すみません」
「だが、まぁ………よくやった……お前さんがおらんかったら、今頃狭間に閉じ込められとった」
ぶっきらぼうにそう伝える彼に、思わず口角が上がった。
「ふふ、自分結界は……とくい、です……から……」
そう呟いた所で、私の意識は飛んだ。
次に目を覚ますと、祓い屋御用達の病院の中だった。
あとから聞いた話では、どうやら緊張が解けた事と力の使いすぎが原因らしい。
事件の報告書も天神さんがやってくれたらしく、戻った頃にはすべて終わっていた。
こうして彼との任務は終わった。
終わりは呆気ないと言うけれど、本当に呆気ないものだった。
この日以降、同期の人達からは"あの天神雅樹"と組んで帰ってきた人として話題になったのは言うまでもない。
そしてもう1つ変わった点と言えば、結界術に優れてるとして上から評価されたようで、色んなところに呼ばれるようになった。
恐らく、天神さんが報告書上げる時に一緒に報告したのだろう。
天神さんと言えば、あの任務から顔も合わせていない。
どこで何しているかも分からない。
お礼をしたかったけど、彼の連絡先は知らないから何も言えずじまいだ。
自分が忙しくなったのもあるが、どこかで時間を作って彼のことを探さないと……
なんて思っていた時だ。
ふっとスマホに目を向けると同期からメッセージが届いていたため覗いてみる。
そこには「天神雅樹と組むように言われたんだけど、どうしよう……やっぱ噂通り怖い?」なんて書かれていた。
その文に思わず笑みを零し、メッセージを送る。
「口は悪いけど、とても優しい人だよ。不器用で分かりずらいけど……
わざと人を遠ざけているみたいだから、勿体無い」

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